松本とし子

まつもと 敏こ
日本共産党平塚市議会議員
活動ファイル

名張毒ぶどう酒事件・冤罪のまま無念の死   加藤桝治さんより

2015年11月10日

皆さん、「名張毒ぶどう酒事件」を覚えていらっしゃいますか?

詳しくは↓のブログをご参照ください。     

http://matome.naver.jp/odai/2139624134852820701

この事件の犯人にされた奥西勝さんが、無罪を勝ち取れないまま亡くなられました。加藤桝治さんのエッセイをご紹介します。

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再審請求中、奥西勝さん逝く

加藤 桝治

 5年前に『でこぼこ通信』(555号)に紹介した事件ですが、今から54年前の1961年(昭和36)年三重県名張市葛生の公民館で行われた懇親会の席で、出されたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した事件がありました。世にいう「名張毒ぶどう酒事件」です。この事件の真犯人として死刑が確定し再審請求中だった奥西勝さんが10月4日に八王子の医療刑務所内で亡くなりました。89歳私と同年です。 

54年間無実を叫び続け、司法に翻弄され続けられてきた奥西さんの無念の思いを察すると胸が痛みます。日本の司法の現状に怒りを禁じ得ません。

この事件の犯人として奥西さんが逮捕されたのは、警察が人権を無視した長時間の取り調べを行い、ウソの自白調書をつくったもので、1審・津地裁では、無罪判決を言い渡しました。 2審で検察側は、ぶどう酒の瓶の王冠の歯形を理由とし、無実の証拠を隠しつづけ、関係者の供述を変えさせるなどして有罪を主張し、逆転死刑判決となり、1972年に最高裁で確定しました。

奥西さんは、その後、再審(裁判のやり直し)請求を続け、弁護士や救援会の努力によって、2審・死刑判決の唯一の根拠となった王冠の傷痕鑑定は不正鑑定であり、事件で使われた農薬は「自白」とは異なる別の農薬だったこと、また、第5次再審申請で「歯形鑑定」が写真の倍率を操作した偽造鑑定であることが判明しましたが、再審請求は棄却されました。

この様な努力の積み重ねによって2005年の第7次再審請求で、名古屋高等裁判所刑事第1部で、奥西さんを「犯人と認めることはできない」として、再審決定と刑の執行停止を認めましたが、同じ高裁・刑事第2部が取り消しをしてしまい。最高裁判所は審理の差し戻しをしましたが、12年5月に名古屋高裁は、ふたたび開始決定を取り消し、最高裁も改めて弁護側の特別抗告を棄却、第9次再審請求で争っています。

奥西さんは、12年5月の再審開始決定取り消し後に入院。翌6月に八王子医療刑務所に移送されていました。この誰が見てもえん罪である事件について、検察、裁判所は、奥西さんの人権よりも国家の威信を重視し、起訴して有罪にしたからには絶対に無罪にしないとの立場からが死刑判決を維持し続けてきたものと思われます。

日本国民救援会は5日、奥西さんの死去に当たって声明を発表しました。声明は、「奥西さんの死は、国家による殺人であり、断固抗議する」、「いまも冤罪で苦しんでいる人を救い出し、二度と冤罪で苦しむ人が出ないように奮闘する決意」を表明しています。

再審は妹・岡美代子さんが引き継いでたたかわれます。権力による2度とこのようなことをさせない国にしていかなくてはならないと思います。

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